脳内戦国武将時代 真田幸村 忍者ブログ
幸村の兄・真田信幸が戦国バサラシリーズに登場してくれないもんかな、という願望の呟き。あとは戦国時代考。小説更新報告も。
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私には苦手な真田モノがある。

兄弟の仲が悪い

真田モノである。
そんな真田モノを久しぶりに読んで、
久しぶりにへこんでしまった。
そのままズバリ「真田幸村」というタイトルの
ハードカバー時代小説。作者は畑山博。

兄は弟の出自を見下していて、
弟は徳川に迎合する姿を見下していて…
ああもう打ち込んでるだけでへこんでくる。
池波の真田太平記が至上の私にとって、
仲の悪い真田兄弟というのは論外である。
泣ける。本当に切なくなる。

だから話自体も特に面白いとは思わなかった。
たった一冊で幸村を語るのに、第二次上田合戦の
栄光を引きずって九度山時代を暗く過ごしている
状態を一生懸命書く必要があるだろうか。
それじゃただの根暗な子じゃないか!
逆に大助や佐助の子供なんかがやたら可愛かった。
むしろこっちを主人公にした方が良かったのではと思う。

ただ、
犬伏で別れた時に、兄も自分達と一緒に徳川に
逆らっていたら、秀忠軍(むしろ秀忠本人)を
けちょんけちょんにやっつけてたら、
世の中うまく変えられたんじゃないか


という仮定はなかなか面白いと思った。
真田が3人力を合わせたら、3人組ヒーローが合体して
ロボが発進するくらいには強力になるだろうし、
その後の徳川にとってもけっこうミモノな変化があると思う。

ただし、失敗したら間違いなくお家断絶だ。

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無題
幕府が編纂した寛政重修諸家譜にて真田幸村の母親は、菊亭晴季女だと記載されていますので、真田太平記にある幸村妾腹説は、事実ではありません。
系図を書き起こす際、一番最初に記載されるのは、正室腹の第一子であり、近年の研究にて幸村が信之の四つ下だと確定しているため、そこから推察するならば、妾腹の第一子は信之の方だと思います。
真田の一番古い系図にて、正室腹の幸村の後に妾腹の兄信之が記載されていて、その古い真田の系図を握り潰した松代藩によって、兄弟逆転が意図的にでっち上げられたのでしょう。
余り知られていませんが、幸村外孫は亀田藩の殿様であり、これを幕府に認めさせたのは、関ヶ原で西軍についた佐竹義宣です。
正直に言うと、信之の政治手腕は佐竹義宣より劣るので、真田太平記はフィクションだと認識するべきですね。
名無し 2012/09/05(Wed)23:32:06 編集
Re:無題
すごく詳しいんですね!
全く知りませんでした。
今では確認しようもないこともあるし、歴史って知れば知るほど深いですよね。面白いです。
真田太平記が大好きなので「史実だったらいいな」と思ってますが、史実じゃなかったとしても物語として十分楽しめると思ってます。
こんな偏ったへっぽこブログを読んで、たくさんの貴重な知識まで教えていただいてありがとうございましたv
【2012/09/06 12:58】
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戦国時代をこよなく愛する仮面OLの日々。最近ハヤリの隠れ腐女子…と名乗っていたらもっと最近はレキジョという呼称がついた。でも無骨好きなので世間一般のレキジョとは違うと思う。
特に真田・伊達・大谷・黒田家あたりに大フィーバー。
趣味の旅行は最近、城と遺跡巡りまっしぐらになりつつある。
戦国バサラシリーズに真田信幸が出て来てくれる夢ばかり見ている。
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